銀座の一角、レンガ造りのビルの2階でエレベーターを降りる。青灰色と乳白色に彩られた空間。2018年10月8日に産声を上げた「レストラン ラフィナージュ」の店内は、西洋の森林を思わせる心地よさ。背筋は伸びるが心も休まる。絶妙な空間バランスに配されている。
まだ新しいこのお店。同じ銀座で長い歴史をつむぎ、多くの人々を魅了しつづける「銀座レカン」をご存知の方も多いだろう。そこで長らく総料理長をつとめてきた高良康之シェフが、オーナーシェフとして2018年10月8日にオープンした一軒こそが、この「レストラン ラフィナージュ」なのである。
この日我々が訪れたのは午前11時。すでに仕事にかかっている高良シェフを訪ねた。朝9時には店に出向き、夜はディナー後の深夜1時~2時まで仕事を続けることがほとんどだという。そんなハードワークを微塵も感じさせず、スタッフに指示を与え、自らワインの銘柄をあらためる。スタッフと相対する様には主たる威厳があふれているが、そのつややかな頬に浮かぶ微笑みは気さくで、人を惹きつける茶目っ気がうかがえる。
「フランスで一番のごちそうといえば仔羊の肉です。個人的にも、ワインバルのような場所で大勢で食事とお酒を愉しむ時は、だいたい仔羊を焼いてもらいますね。気分も盛り上がる“ごちそう肉”です。」
二十数年前、自身がお店で提供する際に初めて使ったのはオーストラリア産ラムだったという。決めては何といっても当時から流通量が多く、扱いやすかった点。当初は羊のにおいのマイナスイメージが強く、消費者になかなか受け入れられなかったものの、現在では状況が大きく変わったと高良シェフは語る。
「仔羊は、市民権を得ました。日本で徐々に消費量が増え、今では消費が増えたので新鮮な肉が滞留することなく流通する。消費が滞留することで時間とともに品質が劣化することを以前ほど心配しなくていい。二十数年前はメニューに羊をのせた際、羊は苦手だから変えてほしいといわれることもありました。が、最近はそんなこともなくなりましたね。」
高良シェフの羊との縁は深い。震災後、岩手県奥州市、梁川の仔羊の流通路の確保に尽力した。梁川にいる羊がすべてサフォーク種(イングランド原産の食肉用種)だったという。なぜここにサフォーク種がいるのか?
「答えは進む高齢化でした。サフォーク種なら、野に放っておけば草を自分で食んでくれる。なかなか細かく手をかけられない高齢の方でも育てやすいんです。でも、こだわりがあってもっともっと手をかけて育てて、梁川の仔羊のブランドを創り上げたい人もいる。それが現状でした。」
すぐさま物流の専門家に声をかけ、梁川に共に向かった。高齢化で細かく手がかけられない農家、こだわりの羊を創り上げる農家それぞれに出荷スケジュール、餌など分けて出荷計画を立て、毎月の出荷量計画を立てた。震災後、食肉の輸送の壁となっていた残留セシウムの問題についても、障壁をひとつひとつクリアし、検査を行って出荷のための体制を粘り強くととのえていった。恐るべき情熱と行動力、そして生産地への強い使命感である。そしてついに梁川産羊肉の出荷にこぎつけることができた。静かに語る高良シェフの横顔はどこまでも真摯だ。
「梁川の羊が出荷され、外に出て消費者の方に提供することができなければ、羊を育てている農家の方々は幸せになれないでしょう。存在するだけではダメなんです。知ってもらわなくちゃ。じゃあ、知ってもらうにはどうしたらいいか? 流通に乗せてあげないといけない。土地の美味しいもの、つまりその土地の武器を、表に持ち出していかないとそもそも勝負ができないでしょう。」
そのために、現場主義を貫くことを徹底して自らに課している。自分の足で現地に赴き、自分の目で見て、自分ができることを決める。羊だけでなく、地方特産牛肉の販路開拓やPR、食べ方の講習会などにも力を貸す。インタビューのつい数日前も、岩手県・八幡平の食のイベントに赴き、地元の食材や調味料の味わいを最大限引き出す料理の数々に腕を振るってきたばかり。東京・銀座に本拠地「レストラン ラフィナージュ」を構えながらのこの活躍、まさに八面六臂という言葉がふさわしい。
「羊も国産、海外産それぞれの特性と魅力があります。国産の仔羊は自然の摂理にのっとって、出荷は年に一度、出荷できる頭数もおのずと決まってきますよね。春から初夏の旬を表現できるのは間違いなく国産で、レストランでプレミア感を出せます。とっておきの春のご馳走ですね。一方で、海外産は安定供給が大きな魅力。一般の消費者が手を伸ばしやすいスーパーや量販店向けです。高価な外食よりも一般の消費者が手を伸ばしやすい。羊の魅力をまだ知らない人にむけて、味わうための入り口になってくれる可能性がある。」
その場合でもとても大事なことがあるんです、と高良シェフが声に力をこめる。
「手にしてくれた人の食卓のシーンに合わせた食べ方と焼き方を、しっかりと伝えてあげることです。」
高良シェフは語る。レストランが務めるべき責任、それは初めて羊を口にする人に、羊のパフォーマンスを最大限引き出し、お客様に「発見」を提供すること。そして一方、量販店やスーパーで、羊を手にしてくれた人とその羊の生産者に果たすべき責任、それは「最大限美味しく食べてもらう方法」を提供することが最大の責任だと。これは、流通路の開拓も自らが切り開いた高良シェフだからこその言葉であろう。
「羊の肉を手にしてくれた人は、お腹が空いたから買うのではなくって、羊を食べたい、食べてみたいから買うわけですよね。そしたら牛や豚の代わりに使うのではなく、羊のための食べ方と焼き方をこそ伝えなくてはいけない。」
現在では一般家庭にも、羊にうってつけの調理器具があるじゃないの、みんな持ってるよと高良シェフは微笑む。いたずらっ子が秘密基地の場所を教えてくれる時のような表情だ。
「それはね、魚焼き機ですよ。ラムチョップも家で美味しく焼けます。焼く前に脂身にきちんと塩で味付けして、脂の面を下にして。芯の部分をアルミホイルでふんわりと覆ってから、もともと内臓側に面している骨の裏を先に焼いていくんです。その面が焼けたら一度取り出して余熱で加熱。過熱が足りなければそれからフライパンにオリーブオイルを敷いて焼いてもいいですね。油で温度と脂の流動性を上げて余分なものを除いていくんです。」
そうすると、ナイフを入れた切り口は羊の食べごろの色、綺麗なロゼに仕上げることができる。焼く前のコツは味付けをきちんと脂に施しておくことと、焼く直前まで冷蔵庫に入れておくことだ。
「魚は塩で余分な水分を出すでしょう。肉は脂にしっかりと味付けをして、余分な脂は油ではがします。ただ焼いてあとから塩を振る、では単にすっぴんの姿というだけです。本来のおいしさを引き出して披露することこそが、「料理」ですから。」
そして、多くの人が家のキッチンにある食材で十分ソースは作れる。好みのチーズ、バター、黒胡椒を小鍋で温めて添えればいい。さあ、「羊のごちそう」のひと皿の完成だ。
「難しいことではありません。それぞれの素材に合ったやり方があるんです。それをきちんと伝えていかなくてはね。」
高良シェフは発信し続ける。若い命への責任、初めて羊を口にする人への責任、生産する人への責任、手にしてくれた人への責任を果たすために。凄まじいまでのまっすぐな使命感だ。
自らに課す責任の大きさとは裏腹に、高良シェフは寄り添い続ける。素材に、生産地に、そしてあまねく食する人に。卓越した鋭い洞察力ゆえになせる技であろうけれど、照れくさそうな笑顔に表れているように、深い優しさを湛えていることがわかる。
訪れる人に寄り添った豊かなくつろぎと、高良シェフの使命感あふれる作品たる料理の数々を同時に味わうことができる「レストラン ラフィナージュ」。綺羅星のごとき名店がひしめく銀座にあっても、とりわけ稀有な空間だ。日々の忙しさに一息つきたくなったときには、こちらを訪れて英気を養ってみては。きっとあなたに寄り添った、豊かで特別な体験になるはず。
【店舗詳細】
●店舗名:レストラン ラフィナージュ
●電話番号:03-6274-6541(予約専門)
●料理ジャンル:フレンチ
●住所:東京都中央区銀座5-9-16 GINZA-A-5 2F
●営業時間:
【ランチ】
12:00~14:00(L.O.)
【ディナー】
18:00~20:00(L.O.)
●定休日:毎週月曜日・第3火曜日
●座席数:22席
●個室の有無:有(2人可、4人可、8人可)
●禁煙席有無:全席禁煙
●URL:https://laffinage.jp/