羊と羊肉の歴史2・明治維新・戦争と羊その2 緬羊100万頭計画始動!

[これまでの記事]
羊と羊肉の歴史1・日本渡来編その1
羊と羊肉の歴史1・日本渡来編その2
羊と羊肉の歴史2・明治維新・戦争と羊その1

前回は明治期からの羊飼育に関して、右往左往する日本をまとめていましたが、今回より、ぐぐぐっと形が変わりついに「緬羊100万頭計画」なる計画が動き始めます。そして、羊はますます戦争のための家畜となっていくのです。

業界でも一部が反応する「緬羊百万頭計画」ですが、結構大事なキーポイントとなるので覚えておいて損はないかと思います。使う機会はほぼありませんが。

■大規模飼育計画再燃! 緬羊百万頭計画始動!

前回までは、明治政府が試行錯誤の末、羊が日本の風土に合わないなどの諸条件も重なり、羊の飼育に以前ほど力を入れない時期が続きました。しかし、その雰囲気を一変させる事件が起こります。日露戦争の勃発です。零下30度に迫る極寒の中でロシアと戦った日露戦争の経験が元になり、その過酷な経験の元「羊毛がないと戦争が出来ない!」と一気に羊毛生産熱が高まります。

なんせその時の防寒着と言ったら粗末なものしかなかったようです。山羊の毛皮でチョッキを作ったり、カーキ色の布をマントのように巻きつけたり、蓑と笠と言う江戸時代レベルの防寒をする場合もあったそうで、大変苦労したそうです。それで骨身にしみたのか明治41年に北海道の月寒に公営の種畜牧場を設立し、国が羊の飼育に改めて本腰を入れはじめました。

そして大正3年になり、第一次世界大戦が始まります。明治の初期に「海外からの羊毛が止まったら軍服作れない! 寒冷地で戦えない!」との恐怖からはじまった羊の飼育ですが、その不安が的中します。

イギリスが軍事物資である羊毛の輸出を止めてしまい、イギリス連邦であるオセアニアから日本への輸入も停止、羊毛製品が作れなくなってしまったのです。それを受けて政府は大正7年「緬羊百万頭計画」を立て、国内での羊飼育数を100万頭にすることを25年で目指そうとします。政府はこの施策に対し、種緬羊の無償貸付けや払い下げを行うほか技術者の養成や各種の奨励金・補助金の交付などを行うなど積極的に力を入れます。しかし、第二次世界大戦勃発で種緬羊の輸入が止まったことや労働者不足などを受け、終戦の昭和20年に至っても育頭数は18万頭、戦争需要に合わせた飼育数の拡大は結果的に失敗に終わります。

今の飼育頭数が大体2万頭前後、国が全面サポートしても18万頭。そもそも羊は日本の風土で増やすのは難しい家畜なのでは?とこれをまとめながら改めて思いました。


▲北海道の羊牧場(池田町ボーヤファーム) 館

■ちょっと脱線。ジンギスカンの食べ方で「先付け」「後付け」があるのはどうして??

ジンギスカンには「先付け(味付・漬け込み)」と呼ばれる、肉に味が付いているものと、後付けと呼ばれるラム肉を焼いてたれをつけるものに分かれます。食べ方の違いだけだと思っている方も多いでしょうが、これにも歴史と諸説があります。

先付けを滝川式。後付けを札幌式と呼びます。分布として、滝川、帯広、旭川など北海道の東部および中部北側では先付け式が主流で、札幌周辺から南西部地域では後付けが多かったといわれています。こちら、滝川式は松尾ジンギスカンがあったから広まったといわれていたり(ジンギスカン鍋の貸し出しなど、松尾ジンギスカンのジンギスカン普及の貢献度は大きい)生産牧場が近い所はそのまま焼いてたれ漬け、生産地より遠い場合は味をつけて保存性を高めた・・・など、諸説あるようです。

しかし、今はかなり混ざってきており、どこの地域だからこれという事はほぼないようです。ハイブリット型として、先付けしたジンギスカンを、後付けして食べるケースも。


▲先付けはこのように真空パックで販売される場合も多い。

■次回は・・・・

緬羊百万頭計画のその後と、昭和30年代の輸入自由化についての予定です。いつの時代も、羊は政治や国際情勢の影響を受け続けている家畜で、それは令和の今でも変りません。昭和から、平成、令和と、時代順にそのあたりも追っていきます。


■巻末付録 近代の羊肉の動き 年表

  • 1868年 明治維新以降明治政府は「綿羊飼養奨励」政策
  • 1894〜95年 日清戦争
  • 1904〜05年 日露戦
  • 1908年 月寒種牧場に於いて綿羊の飼養を始める 政府「綿羊100万頭計画」:熊本・北条・友部・月寒・滝川の5ヶ所に種羊牧場開設
  • 1914〜18年 第一次大戦
  • 1922年 政府が羊肉商に補助金交付
  • 1924年 東京・福岡・熊本・札幌の4食肉商を「指定食肉商」に
  • 1929年 世界恐慌勃発により計画中止
  • 1928~29年 農林省が全国で羊肉料理講習会を開催
  • 1930年 満州事変
  • 1936年 日豪紛争により豪州からの輸入停止。政府は満州での羊毛増産図る
  • 1939年 羊毛供出割り当開始
  • 1941〜45年 第2次世界大戦
  • 1950年 朝鮮戦争による羊毛需要の綿羊飼養熱低下
  • 1957年 食肉加工品の原料として使用。需要は10万頭/年に増加
  • 1960年 ジンギスカンとしての需要が始まる。国産羊肉生産量が過去最高の2,712トンを記録
  • 1962年 羊毛の輸入自由化により綿羊の飼養頭数は減少
  • 1977年 この頃から使用目的が羊毛生産から羊肉生産に転化
  •  
    提供:東洋肉店(URL:http://www.29notoyo.co.jp/

    ※参考資料など
    国立歴史民俗博物館研究部民族研究系の川村清志先生の公演時の小冊子、畜産技術協会のHP、また、魚柄仁之助さんの「刺し身とジンギスカン:捏造と熱望の日本食」、ジンギスカン応援隊、綿羊会館が以前に出し担当者さんからいただいた資料、Wikipediaの羊の項目、探検コムさん、近代食文化研究会さんなどを参考にしています。その他、各輸入商社さんや大使館などが出しているパンフレット情報などが参考になっています。古典解釈は小笠原強(専修大学文学部助教)先生にご協力いただきました。
    また、東洋肉店さん初め多くの方に内容を確認いただきました。その他、羊飼いさんから聞いた話、羊仲間たちからの知識、どこかで読んだ知識などがまとまっています。羊に関わる皆様の知識を素人が素人向けにまとめさせてもらいました。いろいろなお店の方との羊の雑談などもベースになっております。皆様ありがとうございました!

    この記事を書いた人

    ラムバサダー 菊池 一弘

    羊肉の消費者団体、羊齧協会創業者にして主席(代表)。
    羊肉料理を素人がおいしく楽しく食べられる環境作りを行うべく、多種多様な羊肉普及のためのイベントを行う。
    詳しいプロフィールはこちらから。

    こちらもおすすめ

    タグ